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2017.07.04

全人的ケアとは?

ホスピスと緩和ケアの違い

日本人の2人に1人が、生涯のうちに“生命を脅かされる”がんに罹ると言われています。

そして、がん患者を支援する役割を担うホスピスと緩和ケアは、どちらも「患者とその家族に対して、痛みとその他の苦痛な症状を緩和するために、身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、適切な治療や処置に行うことによって、療養生活における患者と家族のQOL(Quality of Life)を向上させること」を目的としています。

ところで、ホスピスと緩和ケアの違いをご存じですか?

ホスピスは「末期がんなど、死期が間近に迫っている患者や家族」に提供されますが、緩和ケアの方は「がんと診断されたとき」から提供されるという違いがあります。
とくに、がんの告知は、患者にとって衝撃的な出来事であり「死」を意識することが多いのです。
ですから、がんと診断された段階から“スピリチュアルケア”が求められている訳です。

“生きる意味の喪失”に苦しむのは、末期がんの患者だけではないのです。
 

全人的苦痛の考え方

ホスピスと緩和ケアが重要視するのは“苦痛”です。
がん患者などが体験する苦痛は“全人的苦痛(Total Pain)”と呼ばれています。

これは近代ホスピスの原点となった英国のセント・クリストファー・ホスピスの創始者であるシシリー・ソンダーズが提唱した概念です。

患者の苦痛は、とても複雑で、身体的な苦痛のみで捉えるのではなく、精神的苦痛、社会的苦痛、そしてスピリチュアルペインという全人的苦痛という4つの側面から捉える必要があります。

例えば、患者の身体的苦痛を麻酔などの治療で抑えることできても、“生きる意味への問い”という実存的な苦悩を取り除くことは、難しいといわれています。

そこで、全人的苦痛を一人の医師や一人の看護師だけで対応するのではなく、ホスピス・緩和ケアでは、多職種によるチームアプローチが行われています。

その取り組みの中でも“魂のケア”である“スピリチュアルケア”は重要な課題となっているのです。

“癒し”を治療に統合した「全人的ケア」 

最近、がん患者などが体験する「全人的苦痛」に対応するため、これまで宗教が担ってきたスピリチュアルな“癒し”に、さらに仏教瞑想と近代科学が生み出した心理療法としてのマインドフルネスの“癒し”を、現代医療の成果である“治療”に統合した“全人的ケア(whole person care)”という概念が注目されています。
 
この全人的ケアとしての“癒し(healing)”とは、患者が“苦悩”に対して創造的に向き合い、“苦悩”を全人としての統合性と一体性へと移行するという人間がもつ潜在能力を活性化させることです。
 
スピリチュアルな“癒し”とは、人間は、特定の宗教に対する信仰がなくても、人生の危機に直面したとき、自然と“祈り”のこころが現れるものです。
 
この超越者との対話を望むのは、人間には極限状態のもとでは、現実を超えた究極的な安らぎ、愛、希望が必要となるからだと思います。
そして、人生に意味を見出す、「人生を諦めるのではなく、人生を受け容れる」という“悟りの境地”へと到達できるかもしれません。
 

マインドフルネスとは何か?

インドのヨーガ(心の作用のコントロール法)は、紀元前2500年頃のインダス文明が起源と言われますが、瞑想による“癒し”は、人類学におけるアニミズムの時代から、宗教の歴史と共に存在したと思われます。
ただ、古代のシャーマンは、幻覚性植物を「聖なるもの」に接触するための手段とすることもありました。
そして、マインドフルネス瞑想とは、仏教の教祖である釈迦が悟りのために行ったインドの初期仏教に由来する瞑想法のことなのです。
 
この全人的ケアの“癒し”に関わる“マンドフルネス(mindfulness)”とは、どのような心理療法かと言えば、「今この瞬間の現実に心を開き、気づきを向け、その現実をあるがままに知覚し、それに対する思考(雑念)や感情に囚われないでいる心の持ち方や存在のありよう、さらに注意の集中と移動を相補できるなどの特有な心構え」のことです。
最近、欧米の大企業が社員研修に取り入りたことで有名になりました。
 
少し専門的になりますが、マインドフルネスの臨床応用としては、マサチューセッツ大学メディカルセンターで開発された“マインドフルネス・ストレス低減法”(Mindfulness-Based Stress Reduction:MBSR)やこれをベースに、うつ病の再発防止を目的とした“マインドフルネス認知療法”(Mindfulness-Based Cognitive Therapy:MBCT)や認知行動分析に基づく“アクセプタンス&コミットメント・セラピー”(Acceptant and Commitment Therapy:ACT)が新世代の認知行動療法として知られています。
 

宗教や哲学における“悟りの境地”

最近、宗教界において、“臨床宗教師”という、布教をともなわず公共空間において心のケアを行う宗教的専門職の育成が行われています。
この日本型チャプレンともいえる臨床宗教師は、傾聴を中心に、宗教者としての体験、祈りや儀式を通して、心のケアを行います。
 
確かに、死生観にかかわる問題は、最終的には宗教や哲学を避けて通ることはできないのでしょう。
 
例えば、宗教学者の岸本英夫は、「限りなき生命、滅びざる生命の把握の仕方」として4つの類型の生死観類型論を展開しています。
①肉体的生命の存続を希求するもの
②死後における生命の永存を信じるもの
③自己の生命を、それに代わる限りない生命に托すもの
④現実の生活の中に永遠の生命を感得するもの
これは、私たちが人生の意味を考えるときに、この4類型のどれかに辿り着くと思える納得できる思想です。
 
私は、この岸本英夫の思想に対して、日本人は共感を覚えるのではないかと思います。
何故なら、日本人の宗教観が“基層的信仰”を根底にして儒教、仏教、キリスト教という外来信仰を受容し、これらが重層複合的構造(シンクレティズム)をなしているので、多様な思想を受け容れやすいと思うからです。
 
ここで注意したのが、“スピリチュアルケア”と“宗教ケア”とは、その領域を重ねながらも別のものであるということです。
 
“宗教ケア”は、礼拝する具体的な対象(神、仏)が存在することが特徴ですが、“スピリチュアルケア”では“祈りの対象”は一定していません。
患者個人が最も重要だと考えるもの、人生に意味を与えるものに注目して、それとの関係を大切にします。
 

全人的ケアとは“人類の叡智”の再統合

人間の死に対する恐怖心を和らげることが宗教の大きな役割だと言われます。
 
“他界”に意味があった時代、死は人生の通過点に過ぎなかったでしょう。
 
そして、死者となった最愛の人との他界での再会が信じることができたでしょう。
そして、古代の宗教から哲学が別れ、近代になって哲学から心理学が別れたように、思想が学問として細分化され、それぞれが高度に発展しました。
 
今日のホスピスの起源は、中世の修道院が聖地エルサレムへの巡礼者を看取ったことに、その原点をみることができます。
 
現在のホスピス・緩和ケアで行われている“全人的ケア”とは、歴史的に細分化された高度に発展した“人類の叡智”を再統合しているように思えるのです。

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